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2007-08-06 被爆 [blog]

昨日は、はじめて、被爆した作家についての原爆をテーマにした番組をじっくりみた。
今までは、「はだしのゲン」、絵の「原爆の図」などは見ていたが、この作品ついて、この作家については名前は知っていたが、図書館で、チラッと見て、そのなまなましさに恐怖感があって避けて通っていた。小学校、中学校では、なんどか、巡回してきた原爆の展示会に学校からつれられて行ったが、恐ろしくて、ろくに見ることができなかった。広島でも記念館には、隣のホールで学会があっても見に行こうとは思いつつ、実行しなかった。ドームの中はあるいたけれども、、。

昨晩は、被爆から62年経過してようやくまっすぐに見ることができるようになった。知らなかったことがたくさんあることをを知った。
その番組は、
ETV特集  「“屍(しかばね)の街”からの叫び~被爆作家 大田洋子と戦後~」。

教育・午後10:00~10:59  人類史上初めて原爆を描いた作家といわれる大田洋子(1903~1963)。近年取り上げられることが少なかった、いわば“忘れられた”作家だ。被爆とその後の自身の体験を、まさにその瞬間に、リアルに描いた数々の作品が今再び注目 ...   と案内にはかかれていた。

翌朝、ー本日ー、広島の原爆記念式の放送を見て出勤し、手の空いたときに
毎日、読ませてもらっているブログに次の詩があった。

『ヒロシマというとき』

〈ヒロシマ〉というとき

〈ああ ヒロシマ〉と

やさしくこたえてくれるだろうか

〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉

〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉

〈ヒロシマ〉といえば 女や子供を

壕のなかにとじこめ

ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑

〈ヒロシマ〉といえば

血と炎のこだまが 返って来るのだ

 

〈ヒロシマ〉といえば

〈ああ ヒロシマ〉とやさしくは

返ってこない

アジアの国々の死者たちや無告の民が

いっせいに犯されたものの怒りを

噴き出すのだ

〈ヒロシマ〉といえば

〈ああヒロシマ〉と

やさしくかえってくるためには

捨てた筈の武器を ほんとうに

捨てねばならない

異国の基地を撤去せねばならない

その日までヒロシマは

残酷と不信のにがい都市だ

私たちは潜在する放射能に

灼かれるパリアだ

 

〈ヒロシマ〉といえば

〈ああヒロシマ〉と

やさしいこたえが

かえって来るためには

わたしたちは

わたしたちの汚れた手を

きよめねばならない

 (『ヒロシマというとき』一九七六年三月)作:栗原貞子    無断掲載お許しを、、。

http://blog.livedoor.jp/omannta/

また、もうひとつ毎日読むブログには、昨日、ー「グローバルヒバクシャ」という言い方ーというタイトルで、「やめたい『唯一の被爆国』」再論という意見がアップされていた。本当に私もそう思う。広島/長崎以来、核被害者は世界中に広がって来ているのである。

http://lib21.blog96.fc2.com/


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サイコ

「ヒロシマというとき」、こんな詩があったのですね。これが書かれた1976年から時が流れているのに、世界の状況はより悪化しているように思えます。紹介していただき、有難うございます!
お気に入りに入れたままの「リベラル21」を 久しぶりに遡って読みました。
by サイコ (2007-08-12 10:09) 

ytakahahsi

サイコさん 我が身だけ、自分の国だけを見ている人に、というと語弊はあルカもしれませんが、温暖化問題もあるわけですし、もう少し大きな視野でこの核の問題も考えたいですね。アメリカ、日本の政治家の有り様を、考えると薄寒くなってきます。
いつも元気なサイコさん、お手本にしてます。
by ytakahahsi (2007-08-12 14:55) 

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